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東京地方裁判所 昭和42年(行ウ)34号 判決 1967年7月05日

原告 エビス食品企業組合

右代表者代表理事 大石守男

被告 公正取引委員会

右代表者委員長 北島武雄

主文

本件訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告の本件請求の趣旨は、「原告が昭和四一年一〇月二〇日、同年一一月二六日及び同年一二月一九日被告に対してした不作為についての異議申立てに対し、被告がなんらかの決定その他の行為をしないことは違法であることを確認する。被告は原告の右異議申立てに対し、適法な教示及び処分その他の行為をせよ。原告が昭和四〇年八月三日私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下独占禁止法という。)四五条一項にもとづき被告に対してして報告に対し、被告が昭和四二年三月二四日にしたとする決定は存在しないことを確認する。被告は原告に対し、金二四六万円及び昭和四二年三月一日以降右支払いずみにいたるまで一箇月金一七万五、〇〇〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」というにあり、その請求原因の要旨は、次のとおりである。

原告は、従来神戸市葺合区磯部通り二丁目にある株式会社古屋商店神戸出張所から大洋漁業株式会社のソーセージ類を買い付けていたところ、右両会社及び香川県下の同業者で組織する香川会は、昭和四〇年四月頃から独占禁止法に違反して、原告に対し別紙記載のような不当な取引制限をし、また不公正な取引方法を用いた。そこで、原告は、同年七月以来再三にわたり、同法四五条一項にもとづき、被告に対してその事実を報告し、適当な措置をとるべきことを求めたが、被告がなんらの処分もしないので、この不作為について、行政不服審査法七条にもとづき請求の趣旨記載のとおり被告に対して異議の申立てをした。しかるに、被告は、その後相当の期間を経過したにかかわらず、右異議申立てに対してなんらかの決定その他の行為をすることを怠っている。のみならず、被告は、原告が右の不作為に対して訴訟を提起する旨警告したところ、真実はそのような決定をした事実がないのに、昭和四二年三月二四日に原告の前記独占禁止法にもとづく報告を不問とすることに決定したとして、その旨の不実の通知(同年四月四日付四二公官総第一七七号)を原告に送付してきた。そして、以上のように被告が原告の報告を故意に無視して、前記古屋商店等に対し独占禁止法上の排除措置をとることを違法に怠っている結果、原告は昭和四二年二月末日までに金二四六万円の損害を蒙ったほか、その後においてもなお一箇月あたり金一七万五、〇〇〇円の割合による損害(うち金一〇万円は信用失墜により計画がそごしたための損害、残額は原告役員の慰藉料相当分)をうけている。よって、請求の趣旨記載のとおりの判決を求めるため本訴におよんだ。

理由

一  不作為の違法確認を求める訴えについて

行政事件訴訟法三条五項の定める不作為の違法確認の訴えは、行政庁が法令にもとづく申請に対し、相当の期間内になんらかの処分または裁決をすべき義務を負うにかかわらず、これを履行しない場合に、その義務不履行の違法を宣言することにより不作為状態を解消させ、申請者のためにその後の救済の道を開くことを目的としたものである。したがって、この訴えは、行政庁が当該申請に対してこれを認容または棄却もしくは却下するなどなんらかの応答義務を負うことを当然の前提としたものであり、かかる応答義務を有しない場合すなわち、行政庁のする当該処分が国民の側からの申請によっておこなわれるものであるということが法令上認められていない場合には、不作為の違法確認の訴えは許されないといわなければならない。

本件において、原告は、原告の独占禁止法四五条一項にもとづく報告に対し、被告が同条の定める適当な措置をとらないことを不服として、行政不服審査法七条により被告に対して異議の申立てをし、この異議申立てに対する不作為について違法の確認を求めているが、独占禁止法七〇条の二によると、被告が同法四五条ないし七〇条の規定によってした審決その他の処分については、行政不服審査法による不服申立てをすることができない旨定められており(なお行政不服審査法四条一項但書)、この規定は、右四五条一項にもとづく報告に対し、被告が同条の定める適当な措置をとらないという不作為についてもその適用があるものと解される。してみると、被告の右の不作為に対し行政不服審査法によって異議を申し立てるということは、もともと法令上認められていないものというべきであるから、これに対して被告がなんらかの応答をなすべき義務あるものとすることはできない。それゆえ、原告の本件異議申立てに対する被告の不作為をとらえて、その違法確認を求める訴えは、前記の理により不適法であるといわなければならない。

二  教示その他の行為を求める訴えについて

行政不服審査法五七条は、行政庁の教示について定めているが、同条の規定によって明らかなように、当該行政庁がなんらの処分もしていない場合には、たんにその不作為に対して異議申立てがあったというだけで異議申立人に対し右の教示をすべき義務を負うものではない。また、原告の前記異議申立てに対して被告がなんらかの決定その他の行為をすべき義務のないことはさきに述べたとおりである。したがって、原告が被告に対し、抗告訴訟により右各義務の確認ないしその履行を求める訴は、許されないというべきである。

三  決定の不存在確認を求める訴えについて

原告が右の訴えによって不存在の確認を求める対象は、独占禁止法四五条一項にもとづく原告の報告に対し、被告がこれを不問とすることとした決定である。なるほど同法四五条は、何人も同法の規定に違反する事実があると思料するときは、被告に対してその事実を報告し、適当な措置をとるべきことを求めることができるものとし(一項)、この報告があったときは、被告は、事件について必要な調査をしなければならないと定めている(二項)が、同法の目的が、関係人の個人的利益の保護ではなく、一般消費者の利益を確保し、国民経済の民主的で健全な発達を促進することにあり(一条)、これに照応して、同法の違反事実については、事件の関係人にかぎらず広く一般人からの報告を認めるとともに(なお、検事総長にも同様の権限が与えられている。七四条)、被告が違反事実ありと思料するときは職権をもって適当な措置をとることができるものとし(四五条三項)、しかも審判手続が開始された場合(四九条)においても、報告者はその手続に関与しうる地位を当然には認められていない(五九条参照)ことなどから考えると、前記四五条一項の定める報告及び措置要求は、被告に事件の端緒を与えて同条二項の調査をおこなわせることにより、違反事実に対する被告の排除措置の職権発動を促すものにとどまり、それ以上に、報告者が被告に対し当該事件について審判を開始しまたはその他の措置をとるべきことを求める権利を有するものとは解されない(公正取引委員会の審査及び審判に関する規則一九条は、被告が審査の結果違反とならない旨の決定をした場合の便宜の措置を定めた規定であって、報告者に右の権利を認める根拠にはならない)。もっとも、独占禁止法二五条及び二六条によると、事業者の同法違反行為によって損害をうけた被害者の当該事業者に対する無過失損害賠償請求権は、違反行為を認定した審決が確定した後でなければ裁判上これを主張することができないと規定されているから、被害者の報告した事件が審判に付されないときは、その被害者は右損害賠償請求権を行使する機会を失うことになるけれども、同法の定める審判制度が、もともと公益保護の立場から行政的手段によって、同法に違反する行為によって生じた違法状態を排除するための制度であることにかんがみると、審決の確定という事実に右のような特殊の損害賠償請求権に関する効果が附与されているのは、それによって被害者の救済を容易にすると同時に、間接に違反行為を防止するという目的から附随的に認められたものというべきであり、また当該行為が民法上の不法行為にあたる場合には、審決の有無にかかわりなく、被害者が民法七〇九条にもとづく損害賠償請求権を行使することはなんら妨げられないのであるから、審決がなされることにより被害者が前記の特別の損害賠償請求権を取得しうるからといって、そのためにとくに審決を求める権利が被害者に与えられているということはできない。してみると、原告の本件報告及び措置要求に対して被告がしたとする前記決定は、原告の権利その他法律上の地位に直接影響を及ぼすものとはいえないから、抗告訴訟の対象となる行政処分に該当せず、その不存在確認を求める訴えは不適法である。

四  損害賠償を求める訴えについて

一般に行政庁は法令に特別の定めがないかぎり、権利義務の主体となることはできないから、国の行政機関である公正取引委員会を被告とした本件損害賠償請求の訴えもまた不適法である。

五  以上のとおり原告の本件訴えはいずれも不適法で、その欠缺を補正することができないから、民事訴訟法二〇二条により右訴えを却下することとし、訴訟費用の負担につき同法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 緒方節郎 裁判官 佐藤繁 藤井勲)

<以下省略>

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